さてお待ちかねのPlacebo。
ここでいくつかの謎が溶けていくことを期待。

が、プロローグとして何者かのメモを読むだけなので畳む。
シルバー事件のまとめが全部書いてあるのである意味ネタバレである。

1979年3月、後に「シルバー事件」と呼ばれることになる事件が起きた。
被疑者の名前はウエハラカムイ。

ウエハラカムイを逮捕したのは、当時24歳の駆け出し捜査官だったクサビテツゴロウという男だ。

ウエハラカムイがどんな人物だったのか、わかっていることは僅かだ。
ただ、伝説のごとく語られていた噂のたぐいを幾つか挙げることは出来る。
ウエハラカムイが犯行を行うのは必ず真冬であること、特殊な貫通銃を操ること、現行法では裁ききれないような事件や人的災害の重要参考人を殺すこと、まれに見る「犯罪力」を有する男だということ――。

ウエハラカムイが誰かに依頼されて殺人を犯すのか、みずからの意思で殺したいから殺すのかは不明。謎は逮捕後の取り調べ、あるいは裁判で明かされると思われたが、逮捕から5年を経た1984年8月、「強度の精神症」との診断を受けて刑事裁判は中止された。同年9月に特例措置の適用が決定し、カントウ24区のIMMI病院精神科に収容。逮捕後、ウエハラカムイなる人物が何か意味のある言葉を発するのを聞いた者ははたしていたのだろうか。

「シルバー事件」に関する情報は更に少ない。
事件の名前は有名でも、事件の概要についてはほとんど知られていない。

事情通ならば、あるいは陰謀論が好きな手合なら、以下のような顛末を耳にしたことがあるかもしれない。

70年代末、権力闘争に破れて解体されたFSOフロンティア保守党の残党が最後の切り札として雇っていたヒットマンがいた。あるときFSOを追いやったTRO(テクノ派)とCCO(シビック派)、つまり現政権を二分する政党の重要人物たる長老たち10名が参集。その場所に男が現れる。
特殊な貫通銃を携えた男は長老たちを皆殺しにした後、逮捕される。男の名はウエハラカムイ。老人たちが殺されたから「シルバー事件」という名がついた――。

もちろんどこをどう探ってもこのような公式記録は存在しない。
治療を受けていたはずの男が世の中に再び姿を現したのは、1999年3月のことだ。当時、IMM病院でウエハラカムイのカウンセリングを担当していた女が殺され、ウエハラカムイは病院から姿を消した。
闘争初月、凶行が重ねられた。一般人の女二名を貫通獣で殺害。また、ウエハラカムイの身柄確保に向かった公安特殊部隊リパブリックの隊員二名も死亡。同部隊の隊長として指揮を取っていたナツメダイゴは重症を負った。

伝聞の世界の殺人者が再び現実世界に現れて人を殺すと人々は恐れ、慄き、崇め始めた。この時代、ネットはまだ進化しきっていないアンダーグラウンドな玩具に過ぎなかったが、ウエハラカムイとの親和性が高かったのだろう、カムイの神格化を加速させ、マスメディアよりも深く浸透させた。国家経済行政特別自治区の名の下に実験区域として整備された24区という環境もまた、ネットと相似していた。共通するのは快適で便利なのに、常にモニタリングされ、何かを剥奪されているように感じさせられる閉塞された世界ということだ。

中央警察24署凶悪犯罪課は1999年の3月の一連の殺人事件を「カムイ事件」と命名した。凶悪犯罪2課にはあのクサビテツゴロウが所属していた。

しかしやがて病院から脱走したとされるウエハラカムイは、実際には終始廃人同様の虚脱状態だったことが明らかになる。彼には殺傷能力はもとより、食べることと寝ること以外、まともに行動する力すらなかった。

連続殺人事件の真犯人はシモヒラアヤメだった。カムイと特別な関係を持つ女だ。

「犯罪力」という言葉はカムイという存在が造り出したようなものだ。
「犯罪力」は伝播すると言われる。24区では特にそうらしい。ウエハラカムイの「犯罪力」がシモヒラアヤメに宿ってコピーキャットを演じさせたのだろうか。そうかもしれないし、違うかもしれない。シモヒラアヤメは凶悪犯罪2課捜査官コダイスミオによって逮捕された。

1999年の冬が近づいてきた頃のことだ。不意に本物の「犯罪力」が牙を剥く。

ウエハラカムイは収容されていた病棟から忽然と姿を消し、誰もが予想だにしない復活を遂げた。カムイは24区中枢部A1地区に約1ヶ月間の潜伏の後、国家重要人物7名を殺害した。そして消息を絶つ。

自体はさらに急転する。11月30日、ウエハラカムイはあっけなく死亡するのだ。ウエハラカムイと思われる男が国際環境ビルに潜入したとの報が伝えられると、カムイ処分用に編成された特別班が同ビル内でローラー作戦を敢行、被疑者をビル屋上に追い詰めた。周囲のビルに配置された狙撃チームは合図とともに一斉集中射撃を開始。対象は絶命。その身体は原型をとどめないほどに粉砕された。本当に20年前に逮捕された男と同一人物なのかも判然としないままに。

このウエハラカムイのDNAに関するデータは公表されていない。

と、ここまでは表と裏くらいの出来事。裏の裏や、そのまた裏の話は一層入り組んでいてとりとめがない。

大本の話は1999年の20年前、つまり「シルバー事件」が起きた時代にまで遡る。何者かの手によって、あるいは複数の組織の思惑が絡まりあって、正負が新設した国際環境庁用の予算が投じられ、「シェルター・キッズ政策」という名の直轄プロジェクトが始動した。

目的は24区型高度管理都市環境に適応した人間の育成。1000を超える数の4歳男児がシェルター構造の建造物内に集められ、そこで寝起きしながら、パターン化された人格を形成するためのカリキュラムを受けた。幼児前記の自我形成に人工的なプロセスを注入して、人格を有る同じ型にはめ込んでいくというのがその骨子だ。被験者に課せられるのは単調で終わりのない作業、その果てしない繰り返しだったと言われている。

シェルター・キッズたちに植え付けられる人格のベースとなったのは、あのウエハラカムイの人格だった。

「シェルター・キッズ政策」は実質的に、ウエハラカムイの精神的クローンを造り出すための試みだったのだ。だからこのプロジェクトは「カムイ・マスプロ」と呼ばれた。マスプロとは大量生産のことだ。
また、オリジナルのウエハラカムイのことを「フォーマット・カムイ」と呼ぶ者もいた。フォーマットとは雛形のことだ。

なぜウエハラカムイが雛形に選ばれたのか。これについては複数の説がある。その一つはウエハラカムイは感情に左右されずマシンのように冷徹かつ従順な特質を備え、ためらわず任務を遂行する、それゆえに彼の「犯罪力」のみを削除すれば最適な被管理型人格となり得るというものだ。

しかし、「犯罪力」は制御しがたい性質の心的エネルギーだ。その存在自体を疑う学者もいるが、ウエハラカムイに接すればそれが何らかの力であることを確信する。上述したように「犯罪力」は伝播する。ウエハラカムイと接した者は衝撃を受け、感応し、みずからの内に原初的な衝動が湧き上がるのを感じる。「犯罪力」はウイルスだと言う者もいる。

このプロジェクトはウエハラカムイを稚拙なやり方で解析し、コピーしようとしたために、触れてはいけないものに触れてしまったのだろうか。いやしかし、この件に深く関与していた者たちの証言を集めれば、それこそがそもそもの目的だったのかもしれないという見解に行き当たる。「カムイ・マスプロ」は「犯罪力」を研究開発するためのプロジェクトだったという言い方もできる。

ここで再び疑問のループが始まる。ウエハラカムイとは何者なのか。
ある手帳にはそのことが記してある。

手帳に書かれているのは「フォーマット・カムイ」の生い立ちと、「カムイ・システム」に関わることだ。カムイを知らない者が読めばすべてオカルトめいた戯言だとしか思えないだろう。だからこれは裏の裏の話だ。おとぎ話の一種と言ってもいい。

ウエハラカムイはある島で生まれ、2歳のときに霊長類以外の四足歩行動物の左眼球を移植された。土着的なその島の民族の古い儀式に則って。

移植された左目は銀色に変色、変質する。眼球の白銀化はその宿主の身体の中で死のプログラムの進行が一時停止したことのサインだ。銀の目は生物から死という最重要な機能を奪う。つまり不老不死。また、これによってカムイという存在は形而上化する。カムイという存在自体がほかの人間に伝播あるいは転移可能になる。ただし、その相手がいればだ。

自然発生で生まれたカムイの血縁者、同族、カムイによく似た人格を見つけることができれば転移が可能。だが、人工的な精神的クローンが存在すればそのプロセスはもっとスムーズに進む――と「カムイ・マスプロ」に関わる科学者たちは考えた。カムイが死んで、転移先の肉体があれば次のカムイが生まれる。古い伝承によれば、カムイのストックの中には次のカムイを守る役割を担う者もいる。もっとほかの役を与えられる者もいる。これが「カムイ・システム」のあらましだ。

この秘密を知る者にとって最重要とも言えるポイントは、銀色の眼を普通の人間が奪って我が物にすることができるということだ。銀色の眼を自分の眼と交換すれば、その人間は不老不死の能力を得られる。
シェルター・キッズでなくとも。「カムイ・システム」が存続してさえいれば。

そこで銀色の眼が欲しくなったある男はこう考えた。「カムイ・システム」という畑を耕せばいい。「犯罪力」を制御すれば「シェルター・キッズ」は管理しやすい住人となる。有事に「犯罪力」を覚醒させれば優秀な兵士としても使える。そして動物の眼を移植して銀の眼が生まれたらそれを奪う。銀の眼を売ることもできる。

「カムイ・マスプロ」プロジェクトは様々な思惑が錯綜して始まったが、「シェルター・キッズ政策」に多額の予算が投じられたのは、要するに眼球白銀化現象のメカニズムが解明できれば莫大な見返りが得られるからだった。銀の眼の生産工場を作るための投資だ。その投資主はTRO(テクノ派)といわれている。TRO(はもともと分子生物学系の技術を背景とした資源育成を主たる活動としていた。

しかし、「カムイ・マスプロ」プロジェクトの成果は簡単には得られなかった。「カムイ・マスプロ」の4年後にはFSOフロンティア保守党の系譜を汲む組織の手動によって、先の計画をベースとした「アヤメ・マスプロ」プロジェクトもスタートする。単純に性別を変えた新しいプロジェクトだが、こちらはより機械的な兵士を造り出すことに重点を置いた試みだったようだ。またカムイに対するカウンターとなる存在が必要との思惑も働いていた。雛形となった人格がフォーマット・カムイのものであることは変わらない。

結局、「カムイ・マスプロ」と「アヤメ・マスプロ」、双方とも「白銀化現象」の再現には至らなかった、といわれている。しかしその前段階に達した者は合わせて272名いた。その後、延べ8年間に渡って推進された「シェルター・キッズ政策」は突如打ち切られる。同政策執行管理統制局並びに2つのプロジェクトは解体された。

シェルター・キッズたちはどうなったか。カムイのストックは1440名、アヤメのストックも同じく1440名が造られた。彼・彼女らは24区に放出される。その中には「カムイ・システム」の中に組み込まれながら、時が来るのを待ちながら区民として暮らす者もいた
そう、畑である「カムイ・システム」は、不完全ながら存在していた。
一方、システムの外に追いやられる者もいた。こちらはいわばカムイのストックのなりそこない、できそこないだ。

また、シェルター・キッズの中には精神的クローンだけでなく、フォーマット・カムイと血縁関係にある者がいたとも噂されている。

1999年に話を戻そう。「カムイ事件」が「シルバー事件」という過去を呼び醒ましたがゆえに、その過程で多くの者が死んだ。そのことも忘れてはならない。

エンザワカイジ、死亡。
コトブキシンジ、死亡。
モリカワキヨシ、死亡。
ハチスカチヅル、死亡。
ナカテガワモリチカ、死亡。
ムナカタリュウ、死亡。

一方で生き残った者もいる。

シモヒラアヤメ、生存。
コダイスミオ、生存。
クサビテツゴロウ、生存。
ナツメサクラ、生存。

だがこのリストが事実である保証はない。死亡したと思われたものが生きているかもしれないし、その逆の可能性もあるだろう。

最後に記しておきたいのは、物事には誤算が付き物だということだ。
悪巧みの場合は特にそう。お天道様が見ているからというのがその理由だ。

ごさんの一つはカムイに加えてアヤメを作ったことだった。カムイとアヤメの対立が、拮抗が、そして交配が何をもたらすか考えなかったのだろうか。しかし思うに、人工的な生産工場を建てたつもりが、彼らはせっせとカムイの巣を造らされていただけなのかもしれない。働き蜂のように。

それから、カムイのできそこないはどうだ。その存在の意味するところについては何も思い浮かばない。

裏の裏の裏の話も書いておこう。ウエハラカムイなど最初からいなかったという説だ。いや、存在はしていたが、少なくともヒットマンなどではなく、ただの民間人だったという話。これは本当らしい。すると幾つかの前提が崩れるのだが、このもう一つのストーリー、もう一つの「シルバー事件」の真犯人はハチスカカオルだ。そう、キミの父親。これだけ伝えておけば、もうキミは勝手に色々なことを思い出すだろう。

さて、これらの記録と記憶を、これから俺は催眠暗示によって封じ込める。

君が亀の中に隠された携帯電話を見つけてメールを開封したら、数時間後にこのメモが携帯に届くだろう。

ムクロジは3年磨いても黒い――。

これは古い諺で、いくら磨いても黒いものは黒く、天性はどうにもなるものではないという意味だ。

むしろ、俺はそう願っている。俺がずっと同じ俺であることを。