すまない・・・

カルスの戦士達へ

これが最後の報告になるだろう。

この町にある全ての商館の財産が
教会に接収されることとなった。
いろいろ伝えたいこともあるが
書く時間がない。

諸君らの活躍を祈る。

タッセル商会 オルターナ・E・タッセル

黄昏の大陸

カルスの戦士達へ

天使は、魔物の恐怖から人々を救い、
皆のハートをがっちりと掴み、
そしてある日忽然と去っていった。
だが、天使がいなくなったという事実が
人々の心に黒い影を落としている。

戦争は激しくなるばかりで出口は一向に
見えない。魔物も少し減ったとはいえ
全滅したわけではないし、神聖裁判も
終わる気配はない。この絶望的な世界で、
人々の救いは神の教えだけだ。

だが、天使という目に見える奇跡が
消えたことは。多くの人々にとって
心の支え・生きる支えが消えたに等しかった。

そんな時に、そうなったのは人々の信仰が
足りないからだ、人間は神に愛想を尽かされたのだと
教会に宣告されれば、誰もが一心不乱に神を
信じるしかなくなるだろう。

お前達は笑うかもしれないが、これが現実だ。
飢えと戦火の恐怖に毎日直面していると、
神を信じることが生き抜くための手段になってしまう。
合理的なはずのバイレステ人でさえこうだ。

世界中が熱病にかかったかのように
教会への服従を誓っている。
俺もその町の出来事を知らなければ、
クムラン先生やオイゲン爺の手紙を
読まなければ、
ここまで冷静ではいられなかっただろう。

各地の情報を伝える。
といっても教皇軍の話題だけだ。

教皇軍はアスロイトの南西部と
ラコースの南東部に侵攻した。ファコルツ公も
アスカニア公も教皇への服従を誓った。
ラコースやアスロイト西部の残りの弱小貴族も
全て従うだろう。

教皇軍の出陣当初はそれなりの戦闘もあったが、
今では戦いにもならない。
教皇軍の勢いを止めるものはもう誰もいない。

だが、教皇に服従を誓ったとはいえ、
犬猿の仲のファコルツ、アスカニア両国は
戦争を止めたわけではない。

教皇軍はそれを止めるだけの軍事力と政治力を
持ちながら止める様子もない。
更に不思議なのは、あの物欲の化身とも
言うべき教皇グレゴリウス8世が、各地の
統治権を貴族の元に残しているということだ。
まるで、神の偉大さを宣伝するためだけに
世界中をねり歩いているようにも見えてくる。

わからないということが多すぎる。
相談しようにも周囲はすべて教会の犬だ。
この世界は一体どうなるのか・・・

タッセル商会 オルターナ・E・タッセル

教皇軍の台頭

カルスの棺桶の住人達へ

教皇の勢力が台風の目になっている。

軍事力と政治力を巧みに使いこなし
旧バイレステ共和国の各都市を次々と
支配下に加えている。
たった1ヶ月で共和国の本土領土の
半分近くが教皇の手に落ちた。

「魔法具」と「魔法操具」という
兵器のおかげで戦争の仕方も変わりつつある。
剣や槍をろくに扱えなくても、
この2つさえあれば子供でも立派な戦士になる。

事実、今までは数合わせだった農民兵が
貴族の正規軍以上の働きを見せている。
(その正規軍こそカスの集団なのだから、
逆転されて当たり前なのだが。)

もう騎士は戦争という舞台の主役から
とっくに降ろされている。
魔法具と魔法操具を装備した農民兵、
これが戦争の主役だ。

誰でもろくな訓練なしに戦争に参加できるので、
一度の戦闘に参加する人間が簡単に千や万を
越えるようになったんだ。戦争の規模が大きく
なったんだから、死者も当然増えていく。
ファルツとウェッティンの戦いに参加した軍勢は
両軍あわせてなんと22万、死者は7万人だったそうだ。
こりゃ棺桶屋は大儲けだろう。

魔法具の数がこれからの戦いを左右するだろう。


で、その魔法具を一番持っている勢力・・・
旧バイレステ、旧アスロイトの貴族達だと
思いきや、驚いたことに教皇軍だそうだ。
教皇軍はいつの間に集めたのかってくらいの
大量の魔法具を隠し持っていたらしい。
それが教皇勢力の大躍進の秘密なのだろう。

各地の話題に移ろうと思ったが、
はっきり言って書ききれない。

何しろ、前の手紙を書いてから今日まで、
1万人以上が参加した合戦のニュースが
軽く50を越える。この町に届かなかった
情報もあるだろうから、実際にはこの何倍
あるのか・・・もう、小競り合い程度では
旅の商人の話題にものぼらない。
まさに世界は戦争一色だ。
神聖裁判の熱も下がらないし、
唯一の心の支えである天使の降臨も、
そちらからの手紙によるとどうも胡散臭い・・・
この世界は一体どうなるのか・・・

タッセル商会 オルターナ・E・タッセル

天使降臨!

カルスの棺桶の住人達へ

天使降臨の軌跡が世界各地で起こっている。
俺もこの目で見た。そりゃもう感動した。
突然空が光って、天使が現れ、魔物共を
一瞬で退治してくれる。

あの恐ろしい魔物共も天使達には
まったく歯が立たない。

教会がまるで自分の手柄のように
宣伝してまわる事だけはちょっと不愉快だが、
天使のおかげでランツの町の大部分が
人間様の手に戻った。

いよいよ、敵は「魔物」ではなく
「人間」そのものになってきた。
アスロイトは四強から三教に変わりつつある。
脱落したのはウェイッティン公だ。残りの
三公爵の中では悪名高き赤獅子騎士団を擁する
デューラー公が、アスロイトの東部から南東部に
かけてを手中に収め1歩リードしたというところか。

世界最大の都市バイレステは反乱軍による
略奪で見る影もないとのことらしい。
バイレステ共和国軍も完全に消滅、各部隊は
山賊に成り下がったも同じだ。

アスロイトからもバイレステからも、
そのほかの国からも、毎日毎日戦争の話が
飛び込んでくる。
お前達から買い取った武器も、魔物との
戦いに役立ってるというよりは、人間同士の
戦争に使われてるんだろう。いつの間にか
自分が「死の商人」になっていたってのは
なかなかイヤな気分だ。

天使の登場は嬉しいニュースだが、
そのせいで神聖裁判も俄然激しくなってきた。

魔物の恐怖、神聖裁判、そして戦争・・・
誰も信じられない、
家族や恋人さえ信じられない、
人が生きるには余りにもむごい時代だ。
だからこそ、アノイア教を心の支えにする
人間は、身分の上下を問わず増え続けている。
人々の信仰心も、平和だった頃と比べると
比較にならないくらい強いだろう。

そこへ天使の登場だ。
否が応でも信仰心が高まる。

もう教会の堕落と腐敗を口にする者など
1人もいない。
みんなが神に気に入られようと必死だ。
これを教会が利用しないわけがない。
教皇庁や各地の司教座は、神聖裁判の名を
借りて、異端派、反教皇派を次々と
処刑し始めている。

神聖裁判とは無縁だった旧バイレステや
フィサーノの都市部でも神聖裁判が盛んに
行われると聞く。

今回は明るい話題半分、
暗い話題半分というところか。
なにはともあれ、
自分の家で眠れるのはいいことだ。
天使の力に感謝しつつ夜を迎える。

タッセル商会 オルターナ・E・タッセル

二大大国の落日

カルスの棺桶の住人達へ

各国の情報があれから続々と入ってきた。

アスロイト王国は事実上消滅した。
しかも、1500年の歴史を持つこの王国を
潰したのは魔物ではなく人間だった。
王が逃げ込んだラニッツの離宮は
財宝目当ての20人足らずの山賊に襲撃され
王族は全滅・・・
王の最期を守る兵は一人もいなかったらしい。
惨めな最後だ。ざまあみろだが。

王家の没落とは正反対に
ますます勢いづいているのが四公爵だ。
その四公爵同士の戦いが
いよいよ本格的に始まりつつある。
力はともかく一番有名なのは
東部のデューラー公爵家か・・・
デューラー公の息子たちが作った「赤獅子騎士団」
この悪名は遠く離れたこの町にも
嫌というほど耳に入ってくる。

赤獅子騎士団の通った跡は
魔物以上にひどい有様らしい。
無関係な村が幾つも焼かれ、
若い女と全ての食料が奪われる。
南アスロイトの地方都市カッセルでは、
3万人の市民が虐殺されたとのことだ。
だが、肝心の魔物を見つければ一目散に
逃げるところがいかにも貴族らしい。

バイレステでは、
各属領から呼び戻された軍隊の活躍によって
市内中心部の魔物はあらかた退治された。
だがその後が悪い。今度は、属領出身の兵や
傭兵たちが反乱を起こしたとのことだ。

南の田舎者がバイレステの豊かさと、
バイレステ軍の主力であるはずの
第一水軍のだらしなさを見れば、
反乱をおこされても文句は言えないが、
それにしても笑えない冗談だ。
反乱をおこす舞台は次々と増えて、
市内全域が戦場になっているとのことだ。

バイレステが支配していた広大な領土も、
今ではアスロイトと同じく幾つにも
分裂している。ただ、アスロイトと違って
バイレステの貴族はほとんどが首都に
いたから、各地方を支配するのは地方都市の
市民議会ということになる。
バイレステ人の大好きな多数決の議会だが、
みんなあたふたするだけで決断が遅い上に
誰も責任をとろうとしない。
平和な時代ならともかく、この乱世には
不向きとしか言いようがない。そのためか、
山賊あがりの事象皇帝など、
胡散臭い連中も現れているそうだ。

人間が魔物に変わる現象も、一時期と
比べると最近はかなり減ってるはずなんだが、
別の問題が急に浮上している。
「神聖裁判」の復活だ。

隣の人間がいつ化け物に
変わるかわからないという恐怖が
こんなものを復活させたんだろう。
ろくな裁判もせず、有罪・即死刑・・・
「あいつは魔物に化けるぞ」って教会に
密告されただけでそいつの死は確定だ。

周囲から嫌われている者、
中途半端に金を持ってる者、
みんな、いつ密告されるかってヒヤヒヤしている。
(もっとも、本物の大金持ちは
あらかじめ教会に大金を渡しているので
裁判にはならないらしいが。)

たがいに密告の恐怖におびえ、
恐れるあまり他人に無実の罪をおしつける・・・
親兄弟や恋人でさえも信じられない、
そんな時代になりつつある。
得をするのは教会だけだ。

そうそう、遥か北の地では、
周りの人間が信じられなくなった領主が
住人の4割を殺戮するという事件まで起こったらしい。
魔物なんぞよりこっちの方がよっぽど危険だ。

そういえば、最近ここに流れてくるニュースには
ほとんど魔物が登場していない。
魔物の数は減るどころか増えているはずだが、
それ以上に人間の蛮行の方が目に付く。
いや、実際に被害にあった人数も
桁違いに多いだろう。

魔物の恐怖が、千年もの間眠っていた
人間の「肉食動物の本能」を
目覚めさせてしまったのだろうか・・・
本当に嫌な世の中だ。

暗い話ばかりで申し訳ない。
次こそ明るい話題を書けることを期待する。

タッセル商会 オルターナ・E・タッセル