トキオはいつの間にか部屋に戻っていた。溜まっているメールから察するに10日くらい空けていたのか。海は大しけで嵐でも来そうなくらい船が揺れている。
おまけにPCはウイルスにヤラれて終わった。
そんな中、キップルという人物からの電話でトキオはタワーマンションに行くことになる。行き先はいつもの75階の部屋だ。
(受付のドアボーイ、散々このIDで色んな人が出入りしていることには無関心だよな……)
この部屋がユズキミルの部屋だ。通称未琉。美流が自らの手で殺した、あの部屋だ。
そして全部のシナリオで訪れる部屋。
ここにある彼女のPCで亡くなった彼女のプログラムと会話できる。曰く預かりものを返してほしければ自分で美流の部屋に行けという。
74031号室にはヤギサワがいた。あれ、そっか、前にあったのはヤギサワ本人じゃないんだ。
彼は無言で部屋の奥を指す。その先のベッドには美流が横たわっていた。
ヤギサワは喋ることができないらしい。そして美流のシステムエンジニアであり、リアル世界の彼女の手足でもある。つまり、ユズキミルを殺したのはヤギサワということだ。
あ!!!思い違いをしていた。
前々回でGLGが引き受けたシェルター育ちの子、あれは本当にここに横たわっている美流であって、マチコさんじゃないわ!!
>GLGはシェルター出身の可哀想な女というものに惹かれるタイプだったらしい。
勝手にマチコさんだと思いこんでたけど違うわ、冷静に考えたらわかるわ。間違ってた。
(修正しておきます)
ミルは言う。
トキオは巨大なテープだと。25区の情報を記録し、第三勢力によって眼を移植された。それは中央のシステムにアクセスできるようなものらしい。ミルから記憶を取り戻さなければ、少しは逃げられる時間が出来るかもしれない。逆に取り戻ば、彼らのミッションに従うことになる。
ミルは、もう数時間前に死んでいた。
トキオは彼女の残留思念と会話していたのだ。ここ、ややこしいけどそういうもんなんだよな。
トキオが選んだのは――「過去を取り戻す」
トキオは死にきれていない存在を寄せ付ける体質がより強くなってしまっていた。彼はすっかりヤラれてしまい、あらゆる薬を飲んで衰弱していく。そしてバビロンの3Fトイレににいるところを発見された。
もはや手術以外に生きる術がないようだ。量産体のアレを移植すればなんとか助かるが、その先に待ち受けているのも実験体という虚しい未来だ。
量産の眼は生体機器に直接アクセスできるという。それだけじゃない、逆も可能なのだ。当然受ける側となる生体には膨大な容量が必要とされるわけだが、トキオの場合はその資質がある。
そしてトキオは過去を取り戻し、区役所へ向かうことになる。

ジャックイン!

殺しても死なない存在、/。一緒に苦労を味わってくれる。
ミル、これはヤギサワといたミルだが、彼女もまたアヤメが覚醒した。
「アヤメとは花の名前だけれど、人をあやめるという意味もある」
GLGはかつて彼女にそう説明した。その時彼女はぼんやりと、山間にある村では少年や少女を暗殺者として教育するところがあって、生き残ったものが本物の刺客となるんだと思っていた。だがそれは違っていた。
彼女の中のアヤメは衝動だった。
社会は完全ではない。そのいい例が24区だ。絶えず圧力をかけられ、不完全な社会という枠に押し込められた人間の心は限界にまで歪み、犯罪力を生み出す。犯罪力は個人のものではなくて、社会を構成する人々の集合無意識なのだ。
それを完全にコントロール下に置こうとしたのが25区である。でもこれだって完全とは言えない。結局制御不能で、正体不明の原初の力が発生する。それが衝動だ。善でも悪でもない、ただのシンプルな本能。
トキオがDLしたはずのデータは回収できなかった。
データの量こそ膨大だが、受け取ってしまえばデジタルデータとして扱える。さあ、どこへやった?
実は、GLGとモリシマトキオは24区時代からの知り合いだった。まさかトキオがここまで記憶を失うことになったとは想像していなかっただろう。
そのトキオが突然襲われて連れ去られた。少し前にも地域調整課の人間がやってきて、モリシマトキオを調整するだのしないだのという話をしていたばかりだ。トキオが浮かんできたことは、実験の終了が近いことを示していた。
トキオを拉致したのは地域調整課か凶悪犯罪課か、それともいずれかに深く関わる組織によるものだと思われる。トキオを情報の運び屋としてかっているのは区絡みの第三の組織だ。その動きを封じようということなのだろう。
ミルは美流システムによってネット内を調査した。それ以外に手段はないに等しかった。
地域調整課のツキとオオサトという職員にはオキアイ組に関する情報を流して反応をモニターしてみた。
凶悪犯罪課のクロヤナギという捜査官にもエロチャットを通じて接触した。
だが何も得られなかった。
ところが、クォーターのチャットシステムがあり得ないほどのサーバー負荷の影響を受けて一時的にダウン。ほんの数分ではあったが、システムダウンしたということは想定外の量のトラフィックがあったということになる。それを引き起こせるのは……トキオしかいない。トキオの銀の眼にプラグが差し込まれて、ネットと繋がったのだ。そしてそれはトキオを完全にデリートすることにもなり得た。
トキオが赤い部屋で理不尽な戦いに挑んでいた頃、ミルはなんとかしてトキオを助けようとした。
その時のスラッシュはトキオの知っているスラッシュではなく、恐らく再現された偽のスラッシュだったんじゃないかと思う。ともかくミルのおかげでトキオはスラッシュを倒すことができた。後は彼次第だった。
彼が世界に戻ってきたとき、まだ彼はネットワークに繋がったままだった。だがミルにとっては千載一遇のチャンスだった。蘇りつつあるトキオの記憶をネット経由で受け取り、預かることができれば選択の余地が生まれ時間が稼げる。トキオを改造した組織が仕込んだ段取りの裏をかける。そしてミルとトキオはシンクロする。
トキオの中には亡霊がいっぱいいた。カムイが人を殺し、殺された者たちの魂は浮かばれないまま彷徨い続ける。だから、負のカムイがそれを受け止めなければならなかった。それがトキオだ。
でもこのままずっと亡霊を背負い続け、どこかへ連れて行く術がないのなら、トキオが望むのは――。
自分の病気が何なのか私は知らないのだが、それに侵されたカラダはいつのまにか死線という臨界点を迎えようとしていた。
美流システムに繋がれていればあまり気にならないが、元のカラダに戻ると咳をひとつするだけでひどく苦しい。
たくさんの薬を投与していたが、それももう崩壊を押しとどめることはできなさそうだ。
GLG様が星の話をしてくれたことがある。
地球から50光年の距離にある白色矮星の内部が硬い結晶で構成されていることがわかったという話だ。
白色矮星の主な成分は炭素であり、超高圧状態となって結晶化したそれはつまり、直径4000キロ級の巨大なダイヤモンドだということになる。
白色矮星とは終末期の恒星のことだ。
我々の太陽も50億年後には燃え尽きて白色矮星になる。
そしてそこからさらに20億年が過ぎると、中心部に超特大のダイヤモンドが形成されるらしい。
「そんなに先まで生きていられないわ」
と、隣で寝そべっていたGLG様に向かって、私は言った。
「僕もだ。だけど、そんな日がいつか来るのだと思うと、何だかワクワクするし、安心してねむれる気がするだろう?」
そうかもしれない。
遠い遠い遠い未来には何もかもが硬く結晶化するのかもしれない。
どんなおとぎばなしよりも、それはステキな話のように聞こえた。
25区は消え去った。僅かな夢の中でスラッシュがアカミミにデータを託したと言う。
スラッシュの本当の名を知らない。ミルの本当の名も知らない。
最後を任されたアカミミがなんとも頼もしく感じた。